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秋田県



世界 > アジア > 東アジア > 日本 > 東北地方 > 秋田県

秋田県のデータ

自治体コード
05000-8

面積
11,612.11km2
全国第5位

総人口
1,148,585人
(平成17年12月1日現在:全国第37位)

総世帯
393,039世帯
(平成17年10月1日現在)

県民の日
8月29日

知事
寺田典城

ISO 3166-2
JP-05

秋田県の花
フキノトウ

秋田県の木
秋田杉

秋田県の鳥
ヤマドリ

秋田県の魚
ハタハタ

秋田県の歌
秋田県民歌
県民の歌

秋田県庁

所在地
〒010-8570

秋田県秋田市山王4丁目1番1号

電話番号
018-860-1111

外部リンク
秋田県庁

市町村境界図

秋田県(あきたけん)は、東北地方の県のひとつで、日本海に面する。 県庁所在地は、秋田市。

目次

1 地理

1.1 人口密度
1.2 位置
1.3 地域区分
1.4 地形
1.5 自然公園
1.6 気候

2 歴史

2.1 地方豪族の成長
2.2 前九年の役と後三年の役
2.3 中世
2.4 近世
2.5 近・現代

3 人口

3.1 年齢構成

4 行政
5 司法
6 経済

6.1 経済
6.2 産業

6.2.1 農業
6.2.2 漁業
6.2.3 第二次産業
6.2.4 秋田県に本社を置く主な企業

7 社会

7.1 気質
7.2 言葉(方言)
7.3 食文化
7.4 祭り
7.5 民俗芸能

8 自治体
9 交通
10 教育

10.1 高等教育機関

11 マスコミ

11.1 新聞
11.2 放送
11.3 コミュニティ放送局

12 金融機関

12.1 銀行
12.2 信用金庫
12.3 信用組合

13 県人会
14 その他

14.1 出身者
14.2 秋田県を舞台・モデルにした作品

14.2.1 文芸
14.2.2 映画
14.2.3 ドラマ
14.2.4 歌謡

15 関連項目
16 外部リンク

16.1 県政番組
16.2 その他

//

地理

人口密度

98.91人

位置

日本、東北地方の北西部に位置する
隣接都道府県: 青森県 - 岩手県 - 山形県 - 宮城県

地域区分

中央:秋田市、潟上市、男鹿市、南秋田郡、由利本荘市、にかほ市
県北:能代市、山本郡、北秋田市、大館市、北秋田郡、鹿角市、鹿角郡
県南:大仙市、仙北市、仙北郡、横手市、湯沢市、雄勝郡

と3区分するのが一般的。旧由利郡地域を県南とすることもある。

地形

山地:奥羽山脈(八幡平、秋田駒ヶ岳、栗駒山)、出羽山地、真昼山地、太平山地(太平山)、白神山地、笹森丘陵、(鳥海山)
平野:秋田平野、能代平野、本荘平野
盆地:大館盆地、鷹巣盆地、花輪盆地、横手盆地
半島:男鹿半島
河川:米代川、雄物川、子吉川
湖沼:十和田湖、田沢湖、八郎潟残存湖、太平湖

自然公園

国立公園:十和田八幡平国立公園
国定公園:男鹿国定公園、鳥海国定公園、栗駒国定公園

気候

歴史
現在の秋田県は令制国での出羽国(明治初年に羽後国)と陸奥国(明治初年に陸中国)の一部。「秋田」の名前の由来は土壌が稲作に向かなかったため付けられた「悪田」が転じたものだといわれている。また、秋田は日本書紀に「齶田(あぎた)」の名前で初めて登場するが、この「齶」がアゴであり、アゴに似た地形から来たものだとする説もある。天平時代に「秋田」の名で定着した。

地方豪族の成長
8世紀の前半に中央政府により出羽柵が設置されるが、733年(天平5)12月26日、出羽柵は秋田村高清水岡(現在の秋田県秋田市)へ移設された(続日本紀)。出羽柵は760年頃に秋田城に改称される。この頃になると墾田の私有が認められ、地方豪族の勢力はいっそう発展した。9世紀頃には太政官命令で、勝手に開墾地を私有し農民を困らせてはならぬとの規則が出るほどになる。
878年(元慶2年)元慶の乱が起こった。これは重い税や労役の苦しみに耐えかねた蝦夷の秋田城主に対する反抗であった。秋田城や民家は焼き払われ、多くの物資や兵を失った。朝廷は急いで陸奥国から五千人の援軍を派遣したが平定に失敗し、新任出羽守の藤原保則を派遣した。保則は反乱の平定に蝦夷をもって当たらせることで成功した。この後、城の修復や兵力の増強をはかったが、939年(天慶2年)には再び天慶の乱が発生した。当時はこのように蝦夷に対する朝廷の力は絶対的なものではなく、地方豪族の力は加速度的に強大になっていった。

前九年の役と後三年の役
中央の律令政治が衰えるとともに、私有地の占領が次第に増え、農民は有力豪族の保護を求めるようになり、蝦夷地の各所には豪族を中心とする武士の集まりができた。豪族は更に、重要地点に分家を配して勢力を拡げて団結を強固にした。その中の有力だったものが陸奥の安倍氏、出羽の清原氏である。北上川中流以北に勢力を広げていた安倍氏は朝廷に対する貢租・徴役を怠り、横暴な態度であるというので朝廷は討伐を行った。これが前九年の役(1051〜1062)である。しかし、当時の陸奥守や秋田城介の力では討伐ができず、新興武士であった源頼義が陸奥守として向けられ、七年以上にわたり戦いを繰り広げた。頼義も自軍のみで討伐できずに横手付近に根拠をおいた豪族清原光頼に臣下の礼の形を取り参戦を依頼した。光頼は弟の武則を大将とする一万余の兵を出し、遂に討伐に成功した。源頼義、義家の兵力はわずか三千であったが、この清原氏が出した兵力だけでもその武力を伺い得る。しかしこの後、清原武則の孫の代にいたって一族争いが起こり、家衡が出羽の国、沼の柵(現在の横手市雄物川町沼館)に立てこもる。家衡はここを源義家に攻められ、金沢の柵(横手市金沢中野)に移ったが、遂に破れた。これが後三年の役(1083〜1087)である。この戦の後、清衡が奥州藤原氏として栄えた。

中世
奥州藤原氏は初代の清衡から二代基衡、三代秀衡を経て四代泰衡に至るまでのおよそ一世紀(11世紀末〜12世紀末)にわたって栄え、東北の天地は完全に豪族の支配下になった。当時の秋田では大館地方の河田氏、南秋田郡五城目町付近の大河氏、由利地方の由利氏が藤原氏の支配下にあった。しかしながら隆盛を極めた藤原氏も、鎌倉幕府を創設した源頼朝が平泉の藤原氏にのがれた弟義経を追討することによって打ちくだかれる。頼朝は1189年、十九万の軍勢を率いて奥州征伐を行った。藤原泰衡は平泉からから蝦夷地への逃亡を始めたが、途中立ち寄った河田氏の元で裏切りに遭い、河田次郎によって討ち取られる。
数世紀にわたった豪族の天下も、この藤原氏の滅亡で幕を閉じ、東北は完全に頼朝の支配下となった。藤原氏を倒した頼朝は、御家人、地頭職を新たに東北各地に配し、東北における大きな政治的転換点となった。頼朝が秋田に配した御家人は成田氏、安保氏、秋元氏、奈良氏、橘氏、浅利氏、平賀氏、小野寺氏などであった。また由利氏は藤原氏に仕えていたが、そのまま由利地方を治めることとなった。これらの豪族はそのまま藩政以前までその地を治めることとなる。
その後、日本海北部に勢力を持った安藤氏が栄えた。戦国時代になると安藤氏は安東氏となり、桧山安東氏と湊安東氏の一族抗争があったが、安東愛季の時代に最盛期を迎えた。横手盆地には戸沢氏、前田氏、本堂氏、六郷氏、小野寺氏などが勢力を持っていた。

近世
詳細は久保田藩、佐竹氏を参照せよ
慶長3年(1600年)の関ヶ原の戦いで西軍を破った徳川家康は征夷大将軍に任ぜられ、幕府を江戸に開いて天下の実権を握った。慶長7、8年の大名国替えによって多くの藩は長年の領主と住民のつながりは切れ、幕府の武家諸法度、参勤交代制度、各大名の労力奉仕などのため、大名の財政は次第に困窮し、反対に幕府の支配力は強化されていった。 慶長7年(1602年)、佐竹氏が常陸国から転封される。初代藩主は佐竹義宣。義宣ははじめ湊城(現在の秋田市土崎)に本拠を置いたが、まもなく秋田の神明山(秋田市千秋公園)に久保田城を築いて藩内を治めることとなる。その組織としては、領内統治を担当する家老の下に財政担当の勘定奉行、城下支配の久保田奉行、そのほか能代奉行、各郡の郡奉行、鉱山支配の銅方奉行、山林支配の木山奉行などを配した。このような藩の組織機構の下、直接生産を営む農民と、その中間の商人、職人が位置づけられ、新たな時代の生活が始まった。 佐竹氏は54万石の常陸から、明治まで表高20万石の秋田藩を治めることになったが、実際の内高は開墾などで田地が増し、40万石ぐらいであったとされる。

初代 義宣 (よしのぶ)(1602-1633)
二代 義隆 (よしたか)(1633-1671)
三代 義処 (よしずみ)(1671-1703)
四代 義格 (よしただ)(1703-1715)

五代 義峰 (よしみね)(1715-1749)
六代 義真 (よしまさ)(1749-1753)
七代 義明 (よしはる)(1753-1758)
八代 義敦 (よしあつ)(1758-1785)

九代 義和 (よしまさ)(1785-1815)
10代 義厚 (よしひろ)(1815-1846)
11代 義睦 (よしちか)(1846-1857)
12代 義堯 (よしたか)(1857-1869)

久保田藩以外としては、 久保田新田藩、亀田藩、本荘藩、矢島藩、仁賀保藩、盛岡藩領鹿角郡がある。

近・現代
1871年(明治4年)廃藩置県により秋田藩から秋田県となる。 同年11月、亀田県・本荘県・矢島県・岩崎県・鹿角を合わせて現在の秋田県となる。

人口

年齢構成

年齢5歳階級別人口
平成15年10月1日現在推計人口
総計 [単位 千人]

年齢
人口

0〜4歳
43

5〜9
51

10〜14
54

15〜19
62

20〜24
56

25〜29
64

30〜34
64

35〜39
63

40〜44
73

45〜49
83

50〜54
100

55〜59
80

60〜64
76

65〜69
85

70〜74
81

75〜79
65

80歳以上
68

年齢5歳階級別人口
平成15年10月1日現在推計人口
男女別 [単位 千人]


年齢


22
0〜4歳
21

26
5〜9
25

28
10〜14
26

32
15〜19
30

29
20〜24
27

33
25〜29
31

32
30〜34
32

31
35〜39
32

36
40〜44
37

41
45〜49
42

50
50〜54
50

39
55〜59
41

35
60〜64
41

38
65〜69
47

35
70〜74
46

26
75〜79
39

21
80歳以上
47

データ出典:第10表/都道府県、 年齢(5歳階級)、 男女別人口−総人口
(総務省統計局)

行政
県令

初代 島 義勇 1872年(明治5年)
2代 杉孫七郎 1872年(明治5年)
3代 国司仙吉 1873年(明治6年)
4代 石田英吉 1875年(明治8年)
5代 赤川?助 1883年(明治16年)
6代 青山 貞 1886年(明治19年)(同年7月に県令から知事となる)

知事

初代 青山 貞  1886年(明治19年)
2代 岩崎小二郎 1889年(明治22年)
3代 鈴木大亮  1890年(明治23年)
4代 広瀬進一  1892年(明治25年)
5代 平山靖彦  1892年(明治25年)
6代 岩男三郎  1896年(明治29年)
7代 武田千代三郎1899年(明治32年)
8代 志波三九郎 1901年(明治34年)
9代 椿蓁一郎  1903年(明治36年)
10代 岡喜七郎  1904年(明治37年)
11代 床次竹二郎 1905年(明治38年)
12代 清野長太郎 1906年(明治39年)
13代 下岡忠治  1906年(明治39年)

14代 森 正隆  1908年(明治41年)
15代 秦 豊助  1912年(明治45年)
16代 阪本三郎  1914年(大正3年)
17代 小島源三郎 1916年(大正5年)
18代 川口彦治  1917年(大正6年)
19代 名尾良辰  1919年(大正8年)
20代 岸本正雄  1922年(大正11年)
21代 池田秀雄  1924年(大正13年)
22代 長野 幹  1924年(大正13年)
23代 中野邦一  1926年(大正15年)
24代 力石雄一郎 1927年(昭和2年)
25代 鯉沼 巌  1928年(昭和3年)
26代 菊地慎三  1929年(昭和4年)

27代 稗方弘毅  1930年(昭和5年)
28代 内田 隆  1931年(昭和6年)
29代 武部六蔵  1932年(昭和7年)
30代 児玉政介  1935年(昭和10年)
31代 本間 精  1937年(昭和12年)
32代 佐々木芳遠 1938年(昭和13年)
33代 留岡幸男  1939年(昭和14年)
34代 岩上夫美雄 1940年(昭和15年)
35代 長船克巳  1943年(昭和18年)
36代 久安博忠  1944年(昭和19年)
37代 池田欽三郎 1945年(昭和20年)
38代 磯部 巌  1946年(昭和21年)
39代 蓮池公咲  1946年(昭和21年)

戦後の公選知事

初代 蓮池公咲 (1947-1951)
2代 池田徳治 (1951-1955)
3代 小畑勇二郎 (1955-1979)
4代 佐々木喜久治(1979-1997)
5代 寺田典城 (1997- )

司法

仙台高等裁判所 秋田支部(秋田市)
秋田地方裁判所(秋田市)
秋田家庭裁判所(秋田市)
秋田簡易裁判所(秋田市)
大館簡易裁判所(大館市)
横手簡易裁判所(横手市)

仙台高等検察庁 秋田支部(秋田市)
秋田地方検察庁(秋田市)

秋田刑務所(秋田市)
秋田少年鑑別所(秋田市)

経済

経済

産業

農業

稲作
大豆栽培
りんご栽培
ぶどう栽培

漁業

ハタハタ漁

第二次産業

清酒(酒造業)
秋田は鉱物資源の宝庫であり、かつては銀山・銅山などの鉱業が栄えたが枯渇し、現在は採掘されていない。石油は秋田平野などに油田があり、少ないながらも現在も採掘されている。

秋田県に本社を置く主な企業

秋田銀行
北都銀行
秋田魁新報
マックスバリュ東北

社会
女性は色白で美人が多く秋田美人として有名である。一方、自殺率が毎年全国ワースト・ワンであることでも知られている。また、少子高齢化による人口減が進んでいる。

気質

県民性は他の東北各県に比べると、格好つけ(ええふりこき)で怠け者(ひやみこき)であると言われている(特に男性)。これは対馬海流の影響で温暖な米どころであるため、江戸時代から津軽藩、南部藩、仙台藩などの隣藩に比べ飢饉の影響が少なく穏やかに生活していたからだと推測されている。理容室、美容室の数が人口割合で全国一であることも格好つけな県民性を表していると考えられる。

言葉(方言)

秋田弁

食文化

米どころであり、酒どころである。日本酒の消費量が多い。酒の飲み過ぎに加えて、雪国のため保存食である漬け物などの塩分過多が加わり、脳卒中などの生活習慣病での死亡率も高くなっている。
きりたんぽは、もともと県北の食文化であるが、現在は秋田の代名詞として有名となり、全県で食べられるようになった。きりたんぽ鍋の出汁の多くは比内地鶏(天然記念物比内鶏の改良品種)で取っている。
魚はハタハタを大量に消費し、一時は絶滅寸前まで追い込んだが、禁漁や漁獲制限などを経て現在では資源が回復しつつあり、再び食卓に並ぶようになった。ハタハタの卵をブリコという。また、ハタハタの魚醤をしょっつるといい、鍋料理が有名。ハタハタをすしにした鰰寿司も祝の席などで食べられている。
他に、とんぶりやじゅんさいなどの珍しい野菜も食べられている。一部の地域では納豆に砂糖を入れたり、赤飯にも多く砂糖を入れて作るなど甘みの多い味付けをする所もある。ひきわり納豆の消費も多い。イナゴを佃煮などにして食べる食習慣もある。

祭り

なまはげ(男鹿市)
竿燈(秋田市)
かまくら(横手市)
アメッコ市(大館市)
犬っこまつり(湯沢市)
七夕絵どうろうまつり(湯沢市)
西馬音内盆踊り(羽後町)
花輪ばやし(鹿角市)
刈和野大綱引き(大仙市)
梵天

民俗芸能

秋田民謡
秋田万歳

自治体

以下の13市6郡12町4村がある。秋田県では、美郷町、合併予定の八峰町、三種町が「ちょう」である以外は、町はすべて「まち」、村はすべて「むら」と読む(対等合併によって誕生した町が「ちょう」を名乗る傾向がある)。
括弧書きは、平成の大合併によって発足することが決定している自治体。*印は、それにより消滅する予定の自治体。

秋田市(県庁所在地)
能代市
横手市
大館市

由利本荘市(旧本荘市)
にかほ市
男鹿市

潟上市
湯沢市
大仙市(旧大曲市)

仙北市
鹿角市
北秋田市

鹿角郡

小坂町

北秋田郡

上小阿仁村

山本郡

*琴丘町 - *二ツ井町 - *八森町 - *山本町 - *八竜町 - 藤里町 - *峰浜村 - (八峰町) - (三種町)

南秋田郡

五城目町 - 八郎潟町 - 井川町 - 大潟村

仙北郡

美郷町

雄勝郡

羽後町 - 東成瀬村

秋田県内の消滅した郡の一覧

河辺郡(2005年1月11日、秋田市との合併で消滅)
由利郡(2005年3月22日由利本荘市、10月1日にかほ市の誕生に伴って消滅。)
平鹿郡(2005年10月1日、旧横手市との合併で消滅。今後は自治区として各地域局を置く。)

交通

鉄道

東日本旅客鉄道

秋田新幹線
奥羽本線
羽越本線
北上線
五能線
男鹿線
田沢湖線
花輪線

秋田内陸縦貫鉄道

秋田内陸線

由利高原鉄道

鳥海山ろく線

秋田臨海鉄道(貨物)

南線
北線

小坂製錬

小坂鉄道小坂線(貨物)

秋田営林局秋田営林署

仁別森林鉄道(廃線)

羽後交通

横荘線(廃線)
雄勝線(廃線)

秋田中央交通

五城目軌道線(廃線)

秋田市交通局

秋田市電(廃線)

路線バス

羽後交通
秋北バス
秋田中央交通
秋田市交通局

道路

高速道路

東北自動車道
秋田自動車道
日本海東北自動車道
湯沢横手道路(東北中央自動車道)

一般国道

国道7号
国道13号
国道46号
国道101号
国道103号
国道104号
国道105号
国道107号
国道108号
国道282号
国道285号
国道341号
国道342号
国道397号
国道398号
国道454号
国道398号

教育

高等教育機関

秋田大学
秋田県立大学
秋田経済法科大学
国際教養大学
秋田看護福祉大学

マスコミ

新聞

秋田魁新報(県域新聞)
北鹿新報(北部地域新聞)
大館新報(北部地域新聞)
北羽新報(能代山本地域)
秋田民報(県南部(大仙市・仙北市・美郷町)地域新聞)[1]
北鹿新聞(北鹿地域新聞)
秋田県南日々新聞(インターネット新聞)
あきた北新聞(同上)

放送

NHK秋田放送局
ABS 秋田放送
AKT 秋田テレビ
AAB 秋田朝日放送
エフエム秋田

コミュニティ放送局

FM765 秋田コミュニティ放送
エフエム椿台
エフエムゆ〜とぴあ

金融機関

銀行

秋田銀行
北都銀行

信用金庫

秋田信用金庫
羽後信用金庫
秋田ふれあい信用金庫

信用組合

秋田県信用組合

県人会

その他

出身者

秋田県出身の有名人一覧

秋田県を舞台・モデルにした作品

文芸

青い山脈(著:石坂洋次郎)
山と川のある町(著:石坂洋次郎)
秋田殺人事件 (著:内田康夫)
それぞれの終楽章(著:阿部牧郎)

映画

そよかぜ(1945年、主題歌は「リンゴの唄」)
砂の器 (1974年)
思えば遠くへ来たもんだ (1980年)
マタギ (1982年)
男はつらいよ寅次郎恋愛塾 (1985年)
イタズ 熊 (1987年)
釣りバカ日誌15 ハマちゃんに明日はない!?(2004年)

ドラマ

雲のじゅうたん(1976年、NHK、連続テレビ小説)
まんさくの花(1981年、NHK、連続テレビ小説)
炎立つ(1993年、NHK、大河ドラマ)
砂の器 (2004年、TBSテレビ、日曜劇場)

歌謡

リンゴの唄(1945年、並木路子)
大きな古時計(ZuZuバージョン)(2003年、伊藤秀志)
五能線(2005年、水森かおり)

関連項目

ウィキメディア・コモンズに、秋田県に関連するマルチメディアがあります。

秋田県の企業
秋田県の大学
秋田県の県道一覧
秋田県高等学校一覧
秋田県の建築物・観光名所

外部リンク

県政番組

ABSこちらお茶の間情報局(秋田放送・毎週日曜11:00〜11:15)
秋田花まるっ!(秋田テレビ・毎週月曜21:54〜22:00)
あきた東西南北(秋田朝日放送・毎週土曜9:30〜9:45)

その他

美の国あきたネット
ちゃんねるあきた
いざ寒風山
川の伝承…秋田県の川
あきたファンどっとこむ(観光サイト)

日本の都道府県

北海道:
北海道

東北地方:
青森県 | 岩手県 | 宮城県 | 秋田県 | 山形県 | 福島県

関東地方:
茨城県 | 栃木県 | 群馬県 | 埼玉県 | 千葉県 | 東京都 | 神奈川県

中部地方:
新潟県 | 富山県 | 石川県 | 福井県 | 山梨県 | 長野県 | 岐阜県 | 静岡県 | 愛知県

近畿地方:
三重県 | 滋賀県 | 京都府 | 大阪府 | 兵庫県 | 奈良県 | 和歌山県

中国地方:
鳥取県 | 島根県 | 岡山県 | 広島県 | 山口県

四国地方:
徳島県 | 香川県 | 愛媛県 | 高知県

九州地方:
福岡県 | 佐賀県 | 長崎県 | 熊本県 | 大分県 | 宮崎県 | 鹿児島県

琉球諸島:
沖縄県


出展:Wikipedia
ライセンス:GFDL


おすすめ書籍

週刊 「 司馬遼太郎 街道をゆく 」 48号 12/25号 秋田県散歩 [雑誌]街道をゆく〈29〉秋田県散歩・飛騨紀行乳頭温泉郷 るるぶグラフにっぽんの温泉
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関連リンク

美の国あきたネット
http://www.pref.akita.jp/

秋田おんどうぇぶ 〜社団法人 秋田県観光連盟ホームページ - まつり ...
http://www.akita-kanko.com/

あきたファン・ドッと・コム
http://www.akitafan.com/

秋田県立大学へようこそ
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